百猫物語 (ひゃくびょうものがたり)

  野良猫との出会いや保護活動の過程で、不幸なまま救えなかった猫たちへの懺悔・・・・・   そして、保護して本当に幸せなのか、愛情がわいて手放せない猫たち・・・・増えていく猫たちと家族になった私の日々を綴る。

2年の月日を想ふ

警戒区域内の全ての命へ捧ぐ。「3・11に寄せて」
◆ 2年の月日を想ふ 警戒区域の動物達
         「 警戒区域の 家を守る番犬 」Photo by 星ファミリー様

あっと言う間の日常でした。 私達は今、平穏に暮らしています。
3月11日と言う悪夢を乗り越えて、今、暮らしています。
人間って強い!人間って・・・
でも人間の非情さも沢山見せられた・・・


飼い主を待つ番犬は、誰も来ない家に居ました。
飼い主を慕う猫は、痩せても家に帰りました。

「誰か、助けて下さい。お腹が空いています」

でもまだ、続いています。 決して、終わっていませんでした。
まだ「待って居ますよ」沢山の痩せた猫も犬も待って居ます。

共食いをした子達に罪はありません。
そんな事をさせた私たちが悪いのです。
辛い行為をさせて、ごめんなさい。
布団の綿を食べて満腹で死んだ子にも「ごめんなさい」謝らなければいけません。


2年間は、あっと言う間・・・ですが、
終わっていませんから!
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★有難うございました。飼い主を待つ動物達に愛を、ひとつ宜しくです★
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コメント


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警戒地区の話、涙を流さずに聞けたことはありません。
Sabimamaさんのブログ、心に響きました。そうですよね、2年もたっているのに、まだ終わっていないなんて。
一匹でも多くの犬、猫がまた幸せな生活を送れますように。

ぷうまま | URL | 2013-03-09(Sat)08:37 [編集]

警戒区域に取り残された動物たちのこと、
ずっと忘れたことはありません。
今も頑張って給餌してくれている方たちがいる。
そのことも忘れたことはありません。
忘れないこと・・それが私たちにできる
唯一のことかもしれないですね。

おばんです | URL | 2013-03-10(Sun)05:39 [編集]

あ!っと言う間に2年ですね・・・
ホント!全く終わってないですよね・・・

barusa39 | URL | 2013-03-10(Sun)14:46 [編集]

こんばんわ!

現地の人達にとっては決して"過去の出来事"なんかではなく、現在進行形で目の前に立ち塞がる大きな現実問題。



そして少しずつ被災地は"復興地"へと変わりつつある。
建物も、そして人の心も。



我々がすべきことは、決してあの大震災を過去の出来事とするのではなく、いつまでも忘れず、教訓にし、そして1粒でも多くの涙を救い上げることにあると、俺は思います。


人も、動物も同じ命。
等しく幸せになる権利がある。

赤鈴(アカスズ) | URL | 2013-03-10(Sun)18:33 [編集]

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| | 2013-03-11(Mon)00:55 [編集]

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| | 2013-03-11(Mon)06:25 [編集]

そうですよね
動物たちの涙も忘れてはいけませんよね

ショコラ | URL | 2013-03-11(Mon)11:16 [編集]

こんばんは
戦争で日本が無条件降伏して68年経つ。
その時日本全土の被害は散々たるものでした。
でもこれは人災だから納得できます。
でも天災は突然の出来事さらに予測不能ですから
怒りのやり場がない。
そこでしかたないと言ってしまう人もいます。
でも歴史的にみるとポンペイの町も火山で全滅した。
未曾有の災害を経験していない我が国は茫然としてます。
被災地は言われる様に変化なし。
そこに群れる人々の無念さなどひしひしと伝わる。
ここで提示したいのは今日に限らず毎日この様を報道するとか見学ツアー<(_ _)>とか組むとかして欲しい。
百聞は一見にしかず。
和歌山からは本当に現地まで遠いけど被災地まで行くツアーがあれば行きたい。
これは観光など軽々しいものではなく
和歌山県も来たるべき東南海地震が来るから
意識改革をしたいです。
県民は来るとは思っていても遠い未来のような感じです。
この地震を教科書にしなければなりません。
できれば交流したいけど難しいでしょうね。
全国から色んな人が気軽に行けたらいいんだけど。
ただ道路事情もあるから制限が必要ですが。
現地を視察してさらに痛みを知り我が身の危機感も増幅させたいと思います。
復興・・・・。
戦後直後より課題が多すぎる。
日本が一丸となっていないから。
やはり他人事って心の奥底で思ってしまう。
綺麗事を言うのは人間の愚劣な方法。
そうして生きてきた人も多いから。
戦争の語り部は沢山いてもこれは少ない。
明日になり彼岸になれば喉元過ぎればの話になる人も多いかと。
自然と言う暴力に対してどう対処するか。
元の姿に近くまで復興するに数十年はかかりそう。
これがもし都心ならどうなのか。
色んな視点から考えると本当に難しい。
私も綺麗事を並べてる一人。
でも真剣に考えるにはあまりにも膨大すぎる。
自分の生活に追われているからよけいそうなる。
でも今日だけは一グラムの命の重さを知らされました<(_ _)>

敷島 | URL | 2013-03-11(Mon)21:20 [編集]

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| | 2013-03-12(Tue)14:42 [編集]

Sabimama様おはようございます!
おいらは何もできないけど・・・
思い・・・そして・・・祈りましょう!!

武道亜輝 | URL | 2013-03-13(Wed)09:56 [編集]

まだまだ続いてますね。
何も終わっていないし、進んでいないこともたくさん。
動物たちに罪はありません。
どうか一匹でも多くの動物たちが救われますように…。

sae | URL | 2013-03-13(Wed)22:18 [編集]

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| | 2013-03-14(Thu)06:25 [編集]

あの日から2年が過ぎました。でも、失ったものはいつまで待っても戻って来ることはないのですよね。 
 殊に、人間の支配下に置かれた生き物たちは、何の罪もないのに命を奪われ、生きながらに地獄に落とされた子たちも…。そして今、必死に命をつなごうと頑張っている子たちがいます。

 でも、行政の手はなかなかそこには届かず、伸ばそうとすらしてくれていませんよね。民間の方たちの懸命の活動でなんとか命を維持できているというのが現状。

 私に何ができるわけではないけれど、残された者の責務として、あの日のことを忘れず、心を寄せることだけは心がけて行かなくてはいけないと思っています。

 今、私に何ができるか…それを考えることは「私はいかに生きるか?」を考えることと同意語のように思えてきます。

 一人一人が自分と向き合って、なにを理想とし、どんな社会を作って行こうとするかを考えてこそ、命を奪われた人々への供養でもあるような気がしています。

まめはなのクー | URL | 2013-03-14(Thu)23:46 [編集]